鳥取地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決 1980年1月31日
原告 有限会社湖東商事
被告 鳥取県知事 鳥取県
訴訟代理人 河村幸登 清水龍三 守屋憲人 山口光男 外五名
主文
一、原告の被告らに対する主位的請求をいずれも棄却する。
二、被告鳥取県は原告に対し金一八三一万三五七〇円ならびに内金一五〇一万三五七〇円に対する昭和四九年二月一日から及び内金一二〇万円に対する昭和五三年一月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告のその余の予備的請求を棄却する。
四、訴訟費用は、原告と被告鳥取県知事との間においては全部を原告の負担とし、原告と被告鳥取県との間においては、被告鳥取県に生じた費用の三分の一を原告の負担とし、その余を各自の負担とする。
五、この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告鳥取県が金六〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(主位的請求の趣旨)
1 被告鳥取県知事が原告に対し昭和四九年一月二九日付でなした鳥取県指令受自4第1号工作物新築不許可処分はこれを取消す。
2 被告鳥取県知事が原告に対し昭和四九年一月二九日付でなした鳥取県達第2号工作物撤去、原状回復命令はこれを取消す。
3 被告鳥取県は原告に対し昭和四七年四月一日から1、2項の各処分が取消され原告の営業が開始されるまでの間一か月金二五四万三二六〇円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
(予備的請求の趣旨)
1 被告鳥取県は原告に対し金五七二五万六七六〇円ならびに内金五〇一九万六七六〇円に対する昭和四九年二月一日から及び内金一二〇万円に対する昭和五三年一月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二、当事者の主張
一、請求原因
(主位的請求)
1 原告は宅地建物取引業旅館業等を営む有限会社であり、被告鳥取県知事(以下「被告知事」という。)は、自然公園法(以下単に「法」という。)一〇条一項の規定に基づき指定されている山陰海岸国立公園の特別地域内における建物等工作物の新築につき、法三八条、法施行令二五条による許可の権限を有する者である。
2 原告は、昭和四六年一二月、鳥取県岩美郡福部村大字湯山字鳥越一九〇六番一、同所一九〇六番七各山林(以下「本件土地」という。)内にホテル「風紋」の建物(以下「本件建物」という。)の建築を計画し、その設計、建築を訴外旭興業株式会社(以下「訴外会社」という。)に依頼した。
3 原告が訴外会社を通じ被告鳥取県(以下「被告県」という。)自然保護課に本件土地が山陰海岸国立公園の特別地域内に含まれるかどうかを問い合わせたのに対し、被告知事の1の事務を担当する同課の職員中西修は、本件土地が右国立公園特別地域外である旨を確認教示した。
4 原告は、右3の確認教示を信頼し、敷地を買収、賃借し、昭和四七年一月一一日被告県建築主事の建築確認を受け、直ちに本件建物の建築に着工し、同年二月初めには総工事の約八五パーセントが出来上つていた。
5 昭和四七年二月中旬、被告県自然保護課から原告に対し、本件土地は国立公園特別地域内であるから無許可の建築は認められないとして、工事を中止せよとの通知があつた。
6 原告は、右通知後工事を中止していたが、その後被告県厚生部から法に基づく許可を行う予定である旨示唆され、許可申請を行うよう勧告されたので、これに従い昭和四七年九月二〇日、法に基づく山陰海岸国立公園特別地域内の工作物の新築許可申請をした。
7 その後、被告県厚生部から、右許可申請に対し許可する方針に基づく行政指導があり、原告は、これに従い、本件土地に約六〇本の植樹を行つた。
8 昭和四九年一月二九日、被告知事は原告に対し
(一) 鳥取県指令受自4第1号工作物新築不許可処分
(二) 鳥取県達第2号工作物撤去、原状回復命令
をなした(以下、(一)、(二)の各処分をあわせて「本件各処分」という。)。
9 右8の本件各処分は、次の理由により違法であるから、取消を免れない。
(一) 工作物新築不許可処分の違法
右処分の理由は、本件建物の「風致景観に与える支障が大きいため」というのである。
(1) しかし、本件土地は、いわゆる鳥取砂丘の東南側砂丘傾斜のはずれで国道九号線に接する平坦地であり、被告知事がかつて許可を与えて土砂採取業者に土砂の採取を行わせ砂丘本体を破壊した跡であり、付近では最近まで同様の土砂の採取が行われている。また、近隣にも民宿、民家、飲食店が散在している。付近全体は観光地としての砂丘地ではなく、観光施設もなく、観光に訪れる人もいない。
(2) 他方、本件土地より数百メートル西方の多鯰ケ池から海岸に至るいわゆる鳥取砂丘の観光地域においては、ホテル、飲食店、観光施設が櫛比し、現在なお新築が行われているが、景観を害すること本件と比ぶべくもなく甚大である。右観光地域もすべて特別地域に指定されていて、これと本件土地とが法の適用において差別される根拠はない。
(3) したがつて、被告知事の認定は全くの恣意に出たもので、右処分は裁量権の範囲を著しく逸脱している。
(三) 工作物撤去、現状回復命令の違法
この処分は、右(一)の不許可処分を前提とするものであり、右処分が取消されるべきものである以上、本処分も前提を失い違法となる。
(三) 8の(一)、(二)の両処分に共通の違法
(1) 原告が本件建物の建築を行つたについては、原告に何等の過失もない。右建築や前記植樹等は、被告の行政指導に従つてなしたものであるが、行政行為は、先行する行政指導から予想されるところと基本的に反してはならず、行政指導により実現された地位を覆えすことは、行政行為に対する信頼を破り、ひいては公益に反するものである。
(2) 何等過失のない原告に対し、建設費・利子等莫大な損害を加える如き行政行為は、不当に原告の財産権を侵害するもので、違法である。
10 原告の損害―逸失利益
原告が計画通り本件土地上のホテル「風紋」で昭和四七年四月に営業を開始したならば、毎月二五四万三二六〇円の純益を得べかりしところ、被告知事の違法な本件各処分により、その取消までの間右金額の利益を失い、同額の損害を被つた。
11 よつて、原告は、被告知事に対して本件各処分の取消を求め、被告県に対して、国家賠償法一条一項に基づき、昭和四七年四月一日から本件各処分が取消され原告の営業が開始されるまでの間一か月二五四万三二六〇円の割合による金員の支払を求める。
(予備的請求)
1 主位的請求原因1ないし8に同じ。
2 被告県自然保護課職員中西修は、原告に対し、過失により前記一3のとおり本件土地が国立公園特別地域外にある旨誤つた教示をした。右中西は、被告県の公権力の行使に当る公務員であり、右の教示はその職務を行うについてした行為である。
3 原告は、右の教示に基づき本件建物の建築に着手したことにより次の損害を受けた。
(一) 本件土地代金の一部 三〇〇万円
原告は、本件土地が特別地域外であると信じて坪(三・三平方メートル)当り代金一万円で土地所有者からこれを買い受けたが、右区域内であるとすれば坪当り五〇〇〇円が相当であるから、その差額が損害である。
(二) 建築工事関係費用(訴外会社分)三六六一万四〇〇〇円
(三) 同 (その他の分)一一七八万二七六〇円
(四) 解体撤去費用 五八六万円
合計金五七二五万六七六〇円
右(一)、(二)、(三)の損害は既に発生しており、その発生の時期は一二〇万円(円山二名に対する昭和五〇年一月五日以降の借地料)についてはおそくとも昭和五二年一二月末日であり、残余の五〇一九万六七六〇円についてはおそくとも昭和四九年一月九日である。
4 よつて、原告は、被告県に対し、国家賠償法一条一項に基づき金五七二五万六七六〇円及び内金五〇一九万六七六〇円に対する昭和四九年二月一日以降、内金一二〇万円に対する昭和五三年一月一日以降それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1(一) 主位的請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の事実は認める。
(三) 同3の事実は否認する。
(四) 同4の事実のうち、原告が昭和四七年一月一一日被告県建築主事の建築確認を受けたことは認める。同年二月初めに総工事の約八五パーセントが出来上つていたとの事実は否認する。その余の事実は知らない。
(五) 同5の通知をした事実は認めるが、その日時は後記三1(四)のとおりである。
(六) 同6の事実のうち、いつたん工事を中止したこと(その日時は後記三1(六)のとおり)、許可申請があつたことは認める。その余の事実は否認する。
(七) 同7の事実のうち原告が植木約六〇本を植樹したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(八) 同8の事実は認める。
(九) 同9の(一)の事実のうち、不許可の理由が「風致景観に与える支障が大きいため」であること、本件土地が鳥取砂丘の東南側砂丘傾斜のはずれで国道九号線に接する平坦地であり、付近では最近まで土砂の採取が行われており、近隣に民宿、民家、飲食店が散在していること、鳥取砂丘地域が一部特別保護地区を除いてすべて特別地域に指定されていること、以上の事実は認め、その余の事実は否認する。
(一〇) 同9の(二)及び(三)はすべて争う。
(一一) 同10の事実は知らない。
2(一) 予備的請求原因1については右二1の(一)ないし(八)に同じである。
(二) 同2の事実のうち、中西修が被告県の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余は否認する。
(三) 同3の事実は知らない。
三、被告両名の主張
1 本件各処分をするまでの経緯
(一) 本件土地は、山陰海岸国立公園の区域内にあり、しかも公園の風致を維持するため、法一七条一項、昭和三八年七月一五日厚生省告示三一六号により特別地域として指定された地域内に存在している。
(二) 国立公園の特別地域に指定された地域内において建物等の工作物を新築するためには環境庁長官(法三八条、同法施行令二五条により被告知事)の許可を受けなければならないところ、原告は、昭和四七年一月一一日建築主事の建築確認を得たのみで、被告知事の許可を受けていないのにかかわらず、直ちに本件建物の新築工事に着手した。
(三) 被告知事は、同年二月一日、原告が鉄骨柱の組立工事をほぼ完了した段階において地元民の通報により原告の違反建築の事実を発見した。
(四) そこで、被告知事は、
(1) 同年二月二日、工事請負人である訴外会社代表者森尾剛に対し、電話により、本件建物の新築場所は、国立公園特別地域内であるから、許可が必要であり、工事は直ちに中止すべき旨を申し渡し、
(2) 同年二月三日、原告に対し厚生部長名の文書をもつて、違反事実を指摘して、工事を直ちに中止するよう勧告し、
(3) 同日訴外会社代表者森尾剛に対しても自然保護課長から口頭で、強く工事の中止を勧告し、
(4) 同年二月七日、原告に対し文書で再び工事中止の勧告をし、
(5) 同日原告及び訴外会社代表者森尾剛に対し電話で、工事を中止するよう強く申し渡した。
(五) しかし、原告は工事を依然続行したので、被告知事は、同年二月一五日、被告県自然保護課長をして、原告を法違反で岩美警察署長へ告発させた。
(六) その後も原告は工事を続行していたが、同年三月六日鳥取県議会で本件建物は違法建築が議題とされ告発されていることが明らかにされて、その結果が翌日の各新聞に報道され本件建物の建築が社会的に批判されるに至り、同年三月八日原告は工事を中止した。
(七) 原告は、昭和四八年一月下旬頃、中止していた違反建築の工事を再開し、フロントの増築工事、屋外照明灯の設置工事、建物内部の造作工事等に着手し、また車庫の新築工事にも着工した。
(八) 右事実を知つた被告知事は、同月二四日被告県厚生部長名の文書で原告に対し右工事の中止を勧告するとともに、原告及び訴外会社に出頭を求め、口頭をもつて右工事の中止と車庫の撤去方の勧告を行つた。
(九) 原告は、屋外照明灯の設置工事と車庫工事を中止し、車庫については、組立てた鉄骨を解体したが、フロントの増築工事、建物の内部工事は約一か月間そのまま続行して工事をほぼ完了し、現在に至つている。
(一〇) そして、被告知事は、原告の新築許可申請に対し、特別地域内の風致景観に与える支障が重大なので、当該区域の風致を維持するため、主位的請求原因8の(一)の不許可処分をするとともに、同(二)の工作物撤去、原状回復命令をなした。
2 本件各処分は適法である。
(一) 法によつて指定された国立公園は、我が国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地である。法はこの風景地をできるかぎり自然のままの姿において永遠に存続するよう保護するとともに、これを一般の利用に供し、最終的には国民の保健、休養、教化に資することを目的としている。この目的を達成するため、法は公園のそれぞれの特殊性に応じて、いかに風景の保護を図り公園としての素質を保全するか、また、国民の野外レクリエーシヨンの場としていかなる方法でそれを利用させるかについて、それぞれの公園ごとに、公園計画を決定することとし、公園の管理、運営、施設整備の基本を定めている。公園計画は保護計画と利用計画との二つに大別することができる。
(二)(1) 我が国の公園は、いわゆる地域制にその基礎をおいているので自然の風景を保護するためこれに影響を与えるおそれのある工作物の新築、改築及び増築、木竹の伐採等の現状変更行為を風景保護の立場から規制する必要がある。したがつて、保護計画は、広域にわたる公園の区域を、景観の優劣性や自然状態を保護する度合い又は利用上の重要性によつて、「特別保護地区」「特別地域」及び「普通地域」の三種に区分し、規制に強弱の差を設けている。
(2) 特別地域は、景観のすぐれた地域、自然状態を保持する地域、公園利用上重要な地域、特色のある人文景観を有する地域について、風致の維持又は育成を図る地域であつて、自然公園の保護の根幹をなすものである。この特別地域の風致維持が適切に行われるか否かは自然公園としての死命を制する重要な問題である。そこで法一七条三項で、私人の所有権、鉱業権その他の財産権の行使として行われる各種の行為や水力発電等の公益事業等による自然風景の人為的な損傷をなるべく最少限にとどめるように規制している。
(3) 「風致」は吾人の五感に対して美的感覚を与える自然物ないしは自然現象及びこれらを包む自然環境ないしはこれらがかもし出す美的ふん囲気である。また、史跡・遺跡等の文化景観も自然景観と調和し、これと一体をなしている場合には一種の風致ともいえる。したがつて、風致は必ずしも可視的なもの、永続的なものに限らない。清浄な大気、野鳥の可れんな鳴声等もまた風致の構成要素であるということができる。
(4) 公園の利用は、本来すぐれた自然景観のなかで野外レクリエーシヨンを楽しむべきものであり、このため公園にふさわしい施設を計画的に整備する必要がある。利用計画で特に重要なものは集団施設地区についての決定である。集団施設地区は、利用施設が漫然と公園の全区域に散在して、いたずらに自然の風景を損傷することを避けるとともに、施設の効果的な成果をあげるため、各種利用施設を有機的かつ総合的に一定地区に整備し、公園の適正な利用を増進するために指定されたものである。「公園事業」は、右公園計画にもとづいて執行する事業であり、公園の保護又は利用のための施設に関するもので(法二条六号)、その施設の種類は同法施行令四条に定められている。公園計画にもとづく施設は、自然公園の目的の一つである利用の増進に不可欠のものであるから、ある程度の風致的な損失は止むを得ないとして許容されるものである。しかしこの場合であつても、常に風致に及ぼす支障の程度が考慮され、総合的判断により公園事業としての適否が決定されるのである。
(三)(1) 鳥取砂丘は、これを含む山陰海岸とともに、我が国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地としてこれを保護するとともにその利用の増進を図るため、昭和三八年七月一五日国立公園に指定され、その際、「特別地域」及び「特別保護地区」も指定された。
(2) 法が、工作物の新築等を規制している(法一七条三項)のは、工作物等は総べて極めて人工的な感覚を自然風景地に持ち込むものであつてみれば、多かれ少なかれ自然の風致に影響を与えるものであるから、反自然的なものを規制することによつて、自然公園としての素質を保持することの必要があるからである。したがつて、これらの工作物の設置の許否は、設置の位置、意匠、構造、規模、外観、色彩等と風景的環境の関係とを総合的に判断して決すべきものである。工作物がその存在をいたずらに強調誇示する性質のものは、自然風景を損うものであり、特別地域内に設置することが許される工作物は環境の風景の中にあつて、めだたず、かつ調和的な意匠、構造、色彩のものであることが、自然公園の本質からいつて要求されるのである。
(四)(1) 被告知事は、右2の(一)ないし(三)に述べた観点に立つて、原告から許可申請のあつた本件建物の建築につき検討した結果、本件建物の規模が宿舎本館建坪七七三・二一平方メートル、車庫建坪二九四・八四平方メートルという非常に大きなものであつたので、特別地域の風致景観に与える支障が著しく大きいと判断し、主位的請求原因8(一)の不許可処分をなしたものである。
(2) また、被告知事は、本件建物が法一七条三項の規定に違反し、特別地域の風致景観に与える影響が重大なので、当該地域の風致を維持するために、主位的請求原因8(二)の命令をなしたものである。
3 行政指導等にも違法はない。
(一) 本件建物を建築するに際し、原告ないし訴外会社が、本件土地が特別地域に含まれるのか否かを被告県自然保護課の責任者に確認した事実はない。もつとも、原告の職員であつた横野一郎が、昭和四六年一一月一七日右自然保護課に来課し、同課の中西主事に対し、鳥取県岩美郡福部村浜湯山入口と国道九号線との三又路付近(本件土地から東方へ約二〇〇メートル離れた地点付近)は、公園区域となつているかと質問し、中西主事が当該場所は公園区域外である旨回答したことがあり、また、訴外会社の代表取締役森尾剛が昭和四六年一一月二三日及び同四七年一月一七日同課に来課し、その際鳥取県岩美郡岩美町牧谷地内(山陰海岸国立公園区域内)の株式会社鳥取県開発事業団所有地に自己の職員保養所を建築したいとの相談を受けたことはあるが、いずれも本件建物の建築場所に関するものではない。
(二) 被告県厚生部が、原告に、申請書を提出すれば法に基づく許可を行う予定であると示唆したことはない。申請書の提出がなければ許否の検討ができないので許可申請書を提出するよう勧告したに過ぎない。
(三) 被告県厚生部が、本件建物の新築を許可する方針であるから敷地周辺に植樹せよと指導したことはない。昭和四八年六月上旬頃、原告の代表者ら二名が被告県厚生部に来庁し、本件建物の周辺に植樹したいという相談を受け、植樹が特別地域においても不要許可行為であるので、植樹は差し支えない旨回答したことがあるが、本件建物の新築を許可する方針のもとに敷地に植樹せよと指導したものではない。
(四) 多鯰ケ池地区にホテル、飲食店、観光施設等の公園利用施設が存在しているのは、被告両名の主張2の(二)の(4)で述べたとおり、公園計画に基づき昭和四七年九月一六日鳥取砂丘集団施設地区に指定された地域内の施設であり、大部分は自然公園の利用の増進に役立つ公園事業としての国の認可、承認を得て整備されているものであるから、本件土地における本件建物と同様に論ずることはできない。
第三、証拠<省略>
理由
一、主位的請求について
1 被告知事が主位的請求原因1記載の許可の権限を有すること、原告が本件土地にホテル「風紋」の建設を計画し、昭和四七年九月二〇日、被告知事に対し、法に基づく工作物の新築の許可申請をしたこと、被告知事が、昭和四九年一月二九日、原告に対し、右申請につき「風致景観に与える支障が大きいため」との理由で工作物新築不許可処分をし、かつ、工作物撤去、原状回復の命令を発したこと、以上の各事実は当事者間に争いがなく、本件土地が山陰海岸国立公園の区域のうち法一七条一項により特別地域に指定された地域内にあることは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
2(一) 国立公園の制度の趣旨・目的、特別地域の指定の目的・その性質、特別地域内において工作物の新築等を制限する法の趣旨及びその許可に当つて考慮すべき事項等は、概ね、被告両名の主張2の(一)ないし(三)記載のとおりと解される。これによれば、被告知事が法三八条、法施行令二五条に基づき山陰海岸国立公園の特別地域内における法一七条三項各号所定の行為につき許可を与えるか否かは、法の定められた目的、即ちすぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資するという目的(法一条)に沿つて、またわが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地としての国立公園(法二条二号)の自然環境を保全し、すぐれた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるよう努めるべき国の責務(法二条の二)を全うするという見地から、決しなければならず、なお、その際関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならない(法三条)ものと解される。即ち、被告知事は、特別地域内における工作物の新築について許可を与えるか否かを、右に述べた観点から、個々具体的な事案毎に、その具体的事情を検討し、工作物の設置の位置、意匠、構造、規模、外観、色彩等と風景的環境との関係を総合的に判断して決すべきであり、風致又は景観を保護するために必要な限度において、許可に条件を付することもできる(法一九条)のであつて、右の許否の判断は、被告知事のいわゆる自由裁量の範囲に属するものと解するのが相当である。
(二) 自由裁量行為において裁量権の行使が違法となるか否かは、その判断の前提とされた事実の認識について明白な誤りがあるかどうか、又は、その結論に至る推理に著しい不合理があるかどうかだけでなく、被告知事が与えられた権限をその法規の目的に従つて正当に行使したかどうか、さらに、権限の行使が平等原則、比例原則に反しないかどうかを検討して、判断すべきものと解される。
3 成立に争いのない甲第一六号証の一、第二〇号証、乙第一九号証の一の一によれば、本件建物は、鉄骨造平家建で、床面積が建築確認時の表示では七六三・八平方メートル、登記簿上の表示では八〇九・四一平方メートルのものであることが認められる。他方、本件土地が鳥取砂丘の東南側傾斜のはずれで国道九号線に接する平坦地であり、付近では最近まで土砂の採取が行われており、近隣に民宿、民家、飲食店が散在している事実は当事者間に争いがないが、検証の結果によれば、近隣の建物のうち、少なくとも国立公園区域内に存在する数棟の建物は本件建物に比して小規模のものであり、本件土地の背後には砂丘が迫つている状況であつて、本件建物の存在が付近一帯の景観に与える影響は少なくないことが認められる。したがつて、「風致景観に与える支障が大きい」旨の被告知事の認定は首肯しえないものではなく、不許可処分の前提において事実認識についての明白な誤りや推論過程の著しい不合理性が存在したものとは認められない。
4(一) 検証の結果によつて、景観に与える影響を対比すると、付近で土砂の採取が行われていたことがあるのにかかわらず、本件建物の建築を許可しなかつたからといつて、公平を失するものとは認めるに足りない。
(二) 多鯰ケ池周辺から海岸に至るいわゆる鳥取砂丘の観光地域に相当数のホテル、飲食店、観光施設が存在することは、当地方に公知の事実である。しかし、弁論の全趣旨によれば、右地域は、国立公園の利用のための施設を集団的に整備するため、公園計画に基づいて集団施設地区に指定されたものと推定されるので、これと本件土地とを同一に扱わなければならないものということはできない。
(三) したがつて、本件不許可処分が平等原則、比例原則違反のゆえに違法な裁量権の行使であると認めることはできない。
5(一) 原告が本件土地に約六〇本の植樹をした事実は当事者間に争いがない。しかし、原告が、被告県厚生部から許可の予定を示唆されて本件許可申請をし、かつ、許可の方針に基づく行政指導によつて右植樹をしたものである旨の原告主張事実については、これに沿う甲第七号証の記載ならびに証人森尾剛及び原告代表者の各供述は証人金谷孝二の証言に対比して採用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(二) 原告が、本件土地が国立公園区域外である旨の被告県職員の誤つた教示に基づき本件建物の建築に着手したものであることは、後に予備的請求について判示するとおりであるが、だからといつて、被告知事が右の教示に拘束され不許可処分をなしえないものと解すべき根拠はなく、右教示により生じた損害は別途に補填されるべきものであつて、本件各処分自体が原告の財産権を侵害するものであるとは言えない。
6 そのほか、前記2の観点に立脚して本件全証拠を検討しても、本件工作物新築不許可処分に裁量権の行使を誤つた違法があるとは認められず、したがつて、これを前提とする工作物撤去、原状回復命令も違法とはいえない。又、そうすると、右各処分の違法を理由として損害賠償を求める被告県に対する主位的請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰するものである。
二、予備的請求について
1 当事者間に争いのない事実は、前記一1のとおりであり、さらに、原告が、旅館業を営むものであつて、本件建物の設計、建築を訴外会社に請け負わせ、これにつき昭和四七年一月一一日被告県建築主事の建築確認を受けたことも当事者間に争いがなく、証人森尾剛及び原告代表者の各供述によれば、訴外会社は同月一三日ころから右建築に着工したことが認められる。
2(一) 証人森尾剛は、訴外会社代表者である同証人は、本件建物の建築に先立ち、昭和四六年一二月初めころ、被告県自然保護課主事中西修を訪れ、同人が取り出した同課備付の図面上で、堀割りの表示によつて特定しえた本件土地の個所を示してこれが国立公園の区域外である旨を同人から告げられ、かつ、同図上には公園区域の境界線も表示されていたので、右教示を信じ、右図面を写して帰つて、建築確認申請書添付図面(甲第一六号証の二、乙第一九号証の一の二と同一と認められる。)に右と同様の記載をして提出したものである旨証言する。そして、(イ)成立に争いのない甲第二一号証、乙第一九号証の一の一によれば、森尾は、同月二五日建築確認申請時にも、被告県建築課の担当職員に対し右供述内容と同趣旨の説明をしていたものと認められること、(ロ)右甲第二一号証記載の足立優治の供述中、右建築課職員である同人が昭和四七年二月二日中西に出会つた際、同人が、足立に対し、本件土地につき「あの場所は図面で見ると国立公園外になつているが、所地番から言うと国立公園内になる。」、「(森尾が)相談に来られたことはある。国立公園外であると言つて図面で説明したところ、森尾さんはその図面を写して帰つた。」、「森尾が来て話していたところと、申請の場所がすこしずれているように思つている。」などと言つた旨の部分、(ハ)証人中原隆の証言中、昭和四六年一二月中に森尾が右建築確認につき消防法七条一項に基づく岩美郡福部村長の同意を得るため同村役場を訪れた際、同村総務課長の右証人が、被告県の自然保護課に、本件土地が国立公園の区域外にあるかどうかにつき電話で確認したところ、中西は、森尾が二、三日前にその件で話をしに来た、本件土地は区域外である旨述べたとの趣旨の部分は、いずれも森尾の前記証言を裏付けるものである。したがつて、森尾の証言は信用するに足り、右証言どおり、原告主張のような中西の確認教示の事実があつたものと認めるのが相当である。
(二) 証人金谷孝二の証言により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証(被告県自然保護課の来訪者記録)中には、森尾がその供述するところ前記目的で中西に面談した事実の記載がないが、右書面は、それ自体の体裁と右証言に照らしても、記載洩れがありうるものと推認されるので、右認定を覆すに足りないというべきである。また、成立に争いのない甲第二一ないし二三号証に照らすと森尾の証言中には被告県の庁舎中自然保護課事務室の所在位置について誤つた供述をしている部分があることが認められるが、同人が他の日に他の目的で同課を訪れた事実があることは被告らも認めているのであるから、右の誤りは単なる思い違いによることが明らかであつて、証言全体の信憑性を何ら左右するものではない。なお、中西が森尾に示したという図面がどのようなものであつたかは明らかでないが(ただし、成立に争いのない乙第一八号証の五には、中西が自分で作つた地図を森尾に見せたことがある旨の中西の供述記載がある)、このことも前記認定を直ちに左右するに足りないものというべきである。
乙第一八号証の一ないし五、証人金谷孝二及び同足立優治の各証言中前記認定に反する部分は、(一)掲記の証拠に対比して信用することができず、そのほかに右認定を覆すに足る証拠はない。
(三) 中西が被告県の公権力の行使に当る公務員であることは当事者間に争いがなく、証人金谷孝二の証言によれば、中西は被告県の自然保護課主事として被告知事の権限に属する国立公園内の工作物の設置等の許認可に関する事務を担当していたものと認められるところ、このような職務にある者としては、建物を建築しようとする私人から、その建築予定地が建築につき許可を要する国立公園の特別地域内に含まれるか否かの問い合わせを受けた場合には、慎重に調査をし回答に誤りがないように期すべきであることはいうまでもなく、しかも、成立に争いのない乙第二号証の一・二及び右証言によれば、本件土地を含む「福部村大字湯山字鳥越」の全域が特別地域に指定されていて、中西もその事実を熟知していたものと認められるので、森尾の問い合わせに対し地番を聞くこと等によつて正確な回答をすることは容易であつたものと考えられるのであつて、どのような図面を根拠としたにせよ、中西が漫然誤つた教示をしたことについては、過失があるものと推認するほかはない。
(四) 証人森尾剛の証言及び原告代表者尋問の結果によれば、原告が本件建物の建築に着工したのは、中西の前記確認教示を信頼したためであり、もし本件土地が国立公園の特別地域内にあることが判明していれば、知事の許可を得られる見込の有無等についてより慎重な調査をし、許可を得るかあるいは少なくとも許可を得られる確実な見込がつくまでは着工しなかつたものと推認される。そうすると、原告が建築のため支出し、結局不許可処分により支出の目的を達しえなかつた費用は、右確認教示を信頼したことに起因する限度において、中西の過失に基づく違法な職務行為によつて被つた損害というべきであつて、被告県はこれを賠償する責を免れない。
3 損害について検討する。
(一) 成立に争いのない乙第六号証、第一八号証の一によると、被告県の自然保護課職員は昭和四七年二月二日、森尾に対して、本件建物の建築場所が国立公園内であり、右建築は法に違反する行為であるから、工事を直ちに中止すべき旨を電話で通知し、翌二月三日には原告に対しても、厚生部長名の文書及び電話をもつて同様に工事の中止を求めたことが認められる。右の事実によれば、原告は、同年二月二日に本件土地が国立公園の区域内であることを知つたものと推認されるので、原告としては、許可を受けるまで本件建物の建築工事を中止すべきであつたところ、成立に争いのない乙第一二号証、第一八号証の五によると、原告は、右中止勧告にもかかわらず右建築工事を続行し、これを中止したのは同年三月上旬であることが認められる。そして、その後許可を示唆するような行政指導がなされた事実が認められないことは、前記一5(一)に判断したとおりである。したがつて、同年二月二日以降になされた工事の費用及び同日以降の支出中、本件建築中の建物を維持するに必要な費用であり又はそれ以前の債務負担に基づく支出であると推認されるもの以外のものは、被告県職員の違法な行為によつて生じた損害に含まれないものと解すべきである。
(二) 土地代金
原告代表者尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第二五号証によれば、原告は、中西の前記確認を得た後、本件建物の敷地とすべく土地二反歩を代金七五〇万円で買い受け、そのほかに三反歩を借地し、右買受代金のうち五四〇万円をすでに支払つたが、右土地が国立公園の特別地域内にあることが判明していたならばこれを買い受けなかつたものであることが認められる。しかし、原告の取得した土地の客観的に相当な価額については、これを右代金額の半値以下であるとする原告代表者の供述は、確実な根拠に基づくものとは解しがたく、にわかに信用しえないし、他にこれを認めるべき証拠はない。したがつて、支払つた代金額と土地の時価との差額の損害が発生したとする原告の主張は肯認するに足りないものというべきである(なお、土地買受けのため支出した費用は後記(四)の損害に含めて認定する。)。
(三) 工事費(訴外会社関係)
原告代表者尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第二二号証によれば、訴外会社が本件建物についてした工事の出来高の費用は三六六一万四〇〇〇円であることが認められるが、前掲乙第六号証によれば、前記の被告県が工事の中止を求めた日の前日の昭和四七年二月一日当時には、右工事は基礎工事及び鉄骨組みが完了した段階であつて、その余の工事は未だなされていなかつたことが認められるので、右工事費中本件違法行為と相当因果関係にある損害は、右甲第二二号証記載の費目のうち、(1)仮設工事、(2)整地及びダンプ道砕石敷ならし、(3)前面ブロツクよう壁、(4)基礎工事、(5)鉄骨工事の合計一〇〇二万四〇〇〇円に限られ、その余は損害として認めることはできないものというべきである。
(四) その他の費用
原告代表者尋問の結果によれば、原告は工事費及び工事関連の費用等として前掲甲第二五号証記載の各金員を支出したことが認められるが、そのうち右(二)及び(三)に認定した土地買受代金及び訴外会社に対して支払つた工事費を除き、さらに昭和四七年二月二日以後の支出については前記(一)の見地に立脚して相当因果関係の認められるもののみを抽出すると、損害として認められるのは別紙一覧表記載の各支出合計六一八万九五七〇円であり、その余の支出は損害として認めるに足りないものというべきである。
(五) 解体撤去費用
原告代表者尋問の結果から真正に成立したものと認められる甲第二三号証において見積もられている本件建物の解体撤去に要する費用のうち、建物基礎の解体撤去費用一二三万六〇〇〇円、整地費用八六万四〇〇〇円合計二一〇万円は本件違法行為と相当因果関係にある損害と認められるが、建物本体の解体費用は前記(三)におけると同様の理由により鉄骨組みの解体に要する部分に限つて損害となるものと解すべきところ、右部分のみの費用を確定するに足りる資料はなく、右見積り中のその余の費目は損害として認めるのに十分ではないと解される。
(六) したがつて、原告が被告県に対して賠償を求めうる損害の額は、右(三)ないし(五)掲記の金額合計一八三一万三五七〇円であり、なお、いずれも原告主張のとおり、(三)の全額と(四)のうち一二〇万円を除く金額については昭和四九年一月九日までに、(四)のうち一二〇万円(同五〇年一月五日以降の借地料)については同五二年一二月末日までに損害が発生していることが明らかである。
三、以上の次第で、原告の被告知事に対する本件各処分の取消請求及び被告県に対する主位的請求はいずれも失当であるから、これを棄却し、被告県に対する予備的請求は、一八三一万三五七〇円及び内金一五〇一万三五七〇円に対する昭和四九年二月一日以降、内金一二〇万円に対する昭和五三年一月一日以降それぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言及びその免脱につき行訴法七条、民訴法一九六条一項及び三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田宏 奥田孝 辻本利雄)
一覧表<省略>